S字とクランクのコツを最新版にアップデートしました(7/6)

本当の死角は心の中に

技能教習(第二段階)

目視忘れが起こす悲劇

目視とは自分の目で確認すること。教習用語では巻き込み確認と示す場合もあります。ちょっと油断してミラーだけで後方を確認してしまったり、いつも通ってる道だからと何にも確認せずに通過してしまうとタイミングによっては危険な事故に繋がってしまうのです。

統計上も安全不確認によって起こしてしまう事故が圧倒的に多く、ほんの一瞬でも確認をしていれば防げる事故が大多数なのです。そしていざ事故に遭遇するとほとんどの人はこう言います。

  • あのとき他の車に気づいていれば
  • タイミングがもう少しずれていれば
  • なんて運が悪いのだろう

ってね。だけどもう手遅れです。何をどう言葉を並べても事故は事故であり、起こしてしまったと言う事実には微々たる変動も生じません。そして落ち度があったことも認めたくはないでしょうが、落ち度がなければ事故を起こすことはなかったでしょうし、これがこの宇宙の絶対的な法則、因果応報だからなのです。

逆に危険を発見できていながら事故が起きたのであればそれは「故意」ですから事故ではなく「事件」と言います。危険を発見した瞬間に隕石がタイヤに衝突してパンク、操作不能に陥りぶつかったのならそれは確かに運が悪かったと言えるかもしれません。

自分には起きないと信じたいだけ

事故は誰も起こそうとはしません。前述した通り、わざと事故を起こそうとするならそれは事件の類だからです。今日も運転しながら「事故は絶対に起こさない」「事故が起きるのは自分ではない誰かだろう」と考えます。人間と言う生き物はそう信じたいのです。ですが実際の事故とはこのように考えている人の中からしか起きていません。

他で起きた事故が偶然自分ではなかっただけであり、そこに安全確認をしない理由を結びつけたいだけなのです。そしていざ!事故が起きてしまうと「なぜ目視しなかった今回に限って…。」と悔やみ始めます。しかし目視をしなかった今回に限ってと言う理屈はおかしいですよね。目視しなかったからこそ事故にあったわけですから。

視覚的死角と潜在的死角

視覚的死角とは実際に目で見えない部分を言います。壁の向こう側とか地球の裏側とかですね。一方で潜在的死角とは「こんなところに人はいないだろう」であるとか「飛び出しなんてないだろう」と言ったような、そもそも発見しようとしない心の死角です。

この心こそが目視を含む安全確認をしなくなる要因のひとつであり、予期できない事態に遭遇したときに対応が追い付かなくなります。例えるならアメリカのFBI捜査官みたいなものですね。普段は普通の仕事をしながら自分がFBIであることは他の人に隠して生活しています。

ですから普段買い物をしている西友のレジの人や本屋で毛羽たきをパタパタやっているおじさんがFBIである可能性もゼロではありません。ですがそもそも「西友のレジを打ってるあの人はFBIだ!」なんて考えもしないし疑いもしないですよね。これが潜在的死角です。

自分が気づいていないだけであり、探そうともしない心の死角です。教習所では「~だろう」運転は危険と説明していますが、これも潜在的死角のひとつになります。この心の死角こそが運転において最も恐ろしい部分であり、前述のような「あのときこうしていれば…」と言った考えに繋がるのです。

最終的に目視は自分の財産や生命を守る最大の手段であり、どんな保険よりも安く(目視はタダなので)確実です。事故は一生を引きずりますから何事もないような人生を歩むためにも運転には最大限の注意を払うようにしましょう。

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