捉え方によって全く別の意味をもつ言葉
教習所に通っていると「注視」という単語が頻繁に出てくると思います。学科教習、或いは技能教習においても指導員が説明をする上で使用する頻度が多いため一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。一見すると「注意深く見ること」のようにも思えますが実は大きな誤解です。
例えば以下のような質問があったとします。
走行中は危険防止のため、ナビの画面等を注視して走行してはならない。
正解は○です。本来の注視の意味は「一点を見続ける行為」のことであり、漢字から連想するような「注意深く」という良い意味は含んでいません。例えるなら家の中に変な虫が侵入してきたとして、その虫がエアコンの後ろにでも隠れたらあなたはエアコンの周辺を注視すると思います。
運転における注視の危険性は非常に高く、追突事故の約7割はカーナビの注視が原因であると言われています。目を瞑って運転することは怖くて出来なくても、自然とカーナビを見ながら運転してしまうことはあり得る話です。本人の自覚がないだけで前を見ていないという既成事実は変わりません。
衝突のメカニズムに目を向ければ歩きスマホにも同様のことが言えます。目を瞑って歩くことは出来ないのに、スマホの画面を見ながらであれば何故か歩けてしまいますよね。歩きスマホが問題になっているのはこうした人たちが他の人(或いは物)と接触し、トラブルに発展してしまうことがあるからです。
無意識と無自覚…この2つは誰かに言われたり考えたりする機会がないと基本的に気が付くことは出来ません。周囲から何も言われないからといってそれが正しいわけではないのです。この機会に改めて自分自身に危険な無意識がないかを再確認していきましょう。その心掛けが最終的には自分自身のためにもなるからです。